乗り換えも含めて約 16 時間かけてフィンランドへ行ってきました。有志の議員何名かで、私費での視察でしたが、目的は OECD の学習到達度調査( PISA )で二回連続高位(読解力はいずれも一位)となり、世界一とも言われるフィンランドの教育を、この目で見て今後の日本の教育改革の参考にしたいと思ったからです。フィンランドは面積や一人あたりの GDP 、産業構造は日本とよく似ていますが、人口は 520 万人という小規模の国です。背景に違いがあるとは言え、そこから学んだことはたくさんありました。
3 つの全く異なる学校を見せてもらいました。初日はヘルシンキ郊外のケラバ市立のアハヨ小学校。ヘルシンキ周辺の最も標準的な小学校ということでした。
2日目は ヘルシンキ市内のフィンランド・ロシア学校。国立のフィンランド語・ロシア語のバイリンガル校で、終学前(幼稚園)から高校までの一貫校。
3日目はヘルシンキ大学教育学部付属学校。ここも高校までの一貫校ですが、とりわけ数多くの教科書・教材の執筆者で教育の第一人者であるメルビ先生の授業は示唆に富むものでした。
まず「学力」という言葉の概念の違いを感じました。我々は「学力が高い」と言うとテストで点数が高いことを想像しますが、テストのようなもので生徒全体の点数を競ったり、他の学校と比較したりするとこと自体がありえないのです。もちろん授業の目的がどの程度達成されたかの評価(テスト)はありますが、日本のような正解を求めるものではありません。多様な学校が存在し、学校ごとに価値観が異なり、それぞれの価値観で職業を選択する。いい学校、悪い学校という感覚もなくて、その学校がその子どもにとって適切かどうかということが問題ということなのです。職業選択や進路指導、放課後の活動等も先生以外の大人が多く広く関わっているようでした。
家庭での読書時間が世界一と言われますが、図書館は日本ほど充実していません。それなのになぜそうなのかということの回答は、授業でも家庭でも読み聞かせを重視し、集中力と想像力を養うことを目的にしているからではと感じました。大人もたいていは17時までには仕事を終え、帰ります。仕事と家庭の調和(ワークライフバランス)が取れているのです。先生も個々の家庭のことには必要以上に踏み込みませんが、ただ本を読む宿題は毎日出すし、何よりも授業では「本を読むこと自体が目的ではなく、本を読むということを教える」つまり「その楽しさを体で覚えさせる」のです。国語は動機づけが大事とも言っていました。点数で出る結果よりもそこに至るまでの過程が大事と。極めて当然のことなのにはっとさせられました。
フィンランドの教育が何もかも特別なことをやっているわけではありません。ただ、義務教育は 100 %無償で、高等教育もほぼ無償に近い形で提供されています。そして限りなく現場に教師に任せて分権化しています。日本のようにこと細かく書類や報告書を作って省庁に提出する必要もありませんし、学校の用務に関わる方々がたくさんいて、教師は子どもに教えることに全力を傾けられるようになっています。さらに、教師は給与こそそんなに高くありませんが大変尊敬されている職業です。
今回の視察を通じて、私は自分がいかに日本人の価値観で持ってのみ教育を見ていたか痛感させられました。自分は自分でよいと思える価値観を養う、学ぶことのおもしろさを覚えさせる、この二つの教育の目的は日本においてもとても大事だと思います。私は日本の戦後の教育システムはすばらしかったと思っていますが、今、学力も体力も昔よりは低下しているのは確かであり、公教育がさまざまな理由で危機に瀕しているのも事実だと思います。 PISA の成績の低下原因を分析してみると、レベル5の上位層パーセンテージは変わってないのですがレベル2以下の下位層が増えているのです。この層の子どもたちが後々社会に適応しにくくなる率が高く、結果職を得られず希望が持てなくなれば社会不安も高まり、社会的損失も大きくなります。学校を行きたくなる場所にする、学ぶことをおもしろい、価値があると感じさせるために、「フィンランドメソッド」は大いに参考になりました。
フィンランドは社会全体にとてもゆとりがあるように感じました。アジアにあるような活気がないといえばそれまでですが、ゆったりしていて私はとても幸せを感じました。とりわけ、 17 時に帰れて家で子どもたちと食事をし、本を読み、 20 時に寝かせる生活をすばらしいと感じるのは私だけではないと思います。子どもを余裕を持って育てたいと思っている人は多いはず。
政府・自民党は「ゆとり教育」が学力低下の原因」として学習指導要領の見直しや教育基本法改正を進めています。しかし、本当に必要なのは、子供たちから「ゆとり」を奪うことではなく、「学ぶ楽しさ」を与えることではないかと強く感じました。
「ワークライフバランス」の実現は大人にも子どもにも本当の「ゆとり」をもたらすのではないでしょうか?競争、競争、再チャレンジと押し立てる路線が続くようですが、それを望まない人でもゆったりと暮らせる社会を作りたいと思います。
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